挫折と世界が教えてくれた自由。カンボジアで人を支える女性起業家の物語
株式会社LIA JC GLOBAL代表 奥田けいこ
カンボジアの首都にある一軒の路面店。不動産仲介の看板を掲げながら、物件紹介だけでなく、銀行口座、ビザ、送金、生活上の細かなトラブル、さらには事業相談まで。 日本人が抱えるあらゆる悩みに耳を傾ける「駆け込み寺」のような場所になっている。その中心に立つのが、奥田けいこだ。 事業の核は不動産仲介。住居・オフィス・倉庫・事業用地まで幅広く扱う一方、現地での生活支援や事業進出のサポート、日本との往来に伴う複雑な手続きの橋渡しまで担っている。 SNSで自己を誇示することもなく、派手な宣伝もしない。ただ、目の前の誰かが困っていたら助ける。その中で見えてきた「必要なこと」を一つずつ事業に取り込み、その積み重ねが、いまの事業を形づくってきた。
「時間を自分で選びたい」という、静かな原動力
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奥田の起業は、大きな野心や自己顕示欲から始まったわけではない。根底にあったのは、「時間にしばられずに生きたい」という、ごくシンプルで切実な願いだった。 決まった時間に会社へ行き、急な呼び出しに備えて過ごす働き方よりも、自分の生活リズムに合わせ、行きたいときに行きたい場所へ行ける自由を大切にしたい。そのために、安定や後ろ盾と引き換えに、時間や選択を自分で決められる働き方を選んだ。 さらに東日本大震災を経験し、身近な人の突然の死を目にしたことで、「やりたいことは先延ばしにできない」という感覚が強く根づいた。日々の選択は、仕事も人生も後悔しないために、時間をどう配分するかという軸で判断している。 仕事だからこそ責任を果たす。そのうえで、自分の人生まで犠牲にしない。その両立を可能にする形として、起業という選択があった
世界の広さを知り、問いを持ち始めた10代
奥田の背骨になっているのは、10代のときの強烈な挫折だ。10代の頃、奥田は勉強そのものが好きな生徒だった。授業を聞き、理解し、自分の言葉で整理し直す。そして誰かに説明したり、簡単なまとめを作ったりする。特別な意識はなかったが、今振り返ると、それは最も身につく学び方だったと感じている。 こうした学び方は、自ら考え、理解し、整理し、伝える力の素地となり、現在の仕事や価値観にそのままつながっている。 一方で、高校では進学と受験を最優先にした日々が続いた。次のテスト、模試、偏差値。何を選ぶかよりも「間違えないこと」が重視される環境のなかで、「この勉強は将来どう役に立つのか」「自分は何を基準に進路を選べばいいのか」を考える余裕はほとんどなかった。 答えの見えないまま机に向かい続けるうちに、学ぶこと自体は好きでも、目的を見失った勉強に違和感を覚えるようになる。 「転機となったのは、高校時代に経験した短期の海外滞在だった。初めて飛行機の窓から見下ろした景色は、それまで自分が悩んでいた世界を一気に引き延ばした。日常だと思っていた場所が小さく見え、世界にはまったく異なる価値観や生き方があることを実感する。 現地での生活を通じて、知識だけでは足りないことも知った。人と関わる力、場に身を置いて感じ取る感覚。机に向かう勉強だけでは身につかない学びがあると気づいたことは、その後の人生に大きな影響を与える。 帰国後、再び進路選択の現実に向き合う中で、思い描いていた道には進めなかった。ただその経験を通して、努力を続けた人が結果を出すという、ごく当たり前のことを実感した。人と比べるのではなく、自分は何を選ぶのかを考える視点が、少しずつ育っていった。 この10代の体験が、「自分で考え、選び、経験しながら道をつくる」という、奥田の価値観の原点となっている。
「まずやってみる」「成功者に聞く」「人をうらやまない」
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海外へ出る、カンボジアへ行くと決めたときも、多くの反対に直面した。「危ない」「やめたほうがいい」という声の多くは、実体験ではなく、イメージや報道に基づくものだった。 だからこそ奥田は、自分で現地に立ち、自分で確かめたうえで判断する道を選んだ。この姿勢は、現在のビジネスにも一貫している。 カンボジアを訪れずに不動産購入を検討する人や、ニュースを理由に判断を急ぐ人に対しても、「一度、自分の目で見てから決めてほしい」と伝えている。投資も人生も、他人の意見に委ねすぎれば、軸は簡単にぶれてしまうからだ。 まずやってみる。成功している人に話を聞く。そして、人をうらやまない。この積み重ねが、環境が変わっても折れない、奥田の芯をつくっている。
自由に働き、家族と生き、必要な人だけに力を注ぐ
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奥田が描く未来は、拡大や名声を追いかけるものではなく、生活と地続きのリアリティに根ざしている。 事業は常に変化するものだと捉え、特にスピードの速い発展途上国・カンボジアでは、市場の需要を見極めながら体制を整え、個人に依存しすぎない形へと進化させていく。その先にあるのは、仕事の質を保ちながら、自身の時間と人生の余白を取り戻す働き方だ。 建築学部出身の奥田にとって、老後に日本で「自分たちの手で家をつくる」ことは、現実的な夢でもある。住みながら少しずつ理想を形にする。そのために、旅先のホテルや住空間を観察し、写真に収めることも日常の一部だ。 旅は娯楽であると同時に、未来へのインプットでもある。また、カンボジアに強く惹かれた理由のひとつが、人と人として向き合う温かさだった。肩書きや立場ではなく、一人の人間として受け入れられる感覚。 だからこそ、日本とカンボジアをつなぐ人材・教育の分野では、搾取を生まない健全な仕組みづくりを、今後も静かに続けていくつもりだ。奥田は、自分の人生や時間を必要としてくれた人に注力することを大切にしている。 人生の時間は限られており、出会えたこと自体が奇跡だからこそ、関わった人を丁寧に扱いたい。それが「必要な人だけに力を注ぐ」という奥田の哲学だ。家族を軸に、縁ある人と誠実に向き合いながら生きていく。それこそが、奥田にとっての自由な働き方であり、人生そのものなのである。