誠実に働く人が報われる社会へ。松尾が挑む、リスク情報を可視化する新しい採用インフラ
真面目に働く人が報われる社会へ
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ブラックバンクには、退職代行の利用情報、横領や暴力行為、薬物事案など、実際に企業が被った被害に基づく口コミが集まる。これらは単なる採用時の参考情報にとどまらず、組織の内部で真面目に働いてきた人たちを守るためのものでもある。 採用ミスの影響は経営者だけが受けるものではない。引き継ぎなく突然退職されたプロジェクトを埋め合わせるのは、多くの場合、同僚たちだ。不正によって会社の収益が損なわれれば、本来得られたはずの賞与が削られることもあり得る。 ブラックバンクが目指すのは、こうした「誠実な労働者が割を食う構造」を少しでも減らすこと。悪質な行為が、場合によっては次の職場でも繰り返されてしまう状況を断ち切るための仕組みづくりにある。 最終的な理想は、ブラックバンクが必要とされなくなる社会。調べるまでもなく、誰もが不正をしない社会である。その実現に向けて、まずは「チェックする文化」と「履歴が残る仕組み」を社会に浸透させていく。
人事として見続けてきた“小さな不正”の累積
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松尾が人事として働いていた頃、企業の内部には表面化しにくい小さな不正が確かに存在していた。交通費の水増し、私的な経費利用、架空の住所申告による手当の二重取り。金額としては訴訟に至らないレベルのものがほとんどだが、こうした行為は繰り返されやすい。 横領は再犯率が高いとされ、同じ手口が別の会社でも用いられることがある。しかし採用時点でその事実を把握できる企業は少なく、多くの不正は転職によってリセットされてしまう。 また日本では解雇が難しく、勤務怠慢や問題行動があっても、解雇をめぐる争いが長引けば企業側が高額の解決金を支払う例もある。こうした仕組みは、とりわけ中小企業にとって大きな負担となる。 ブラックバンクの原型となるアイデアは、同じ問題に直面した建設企業の経営者が「経営者同士で情報共有できないか」と考えたことから生まれたという。松尾自身も、人事として企業の労務リスクを見続けてきた経験があったため、その構想に強い共感を抱いた。
利他だけでも利己だけでも続かない。だからこそ自分の仕事にする
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39歳で安定した職場を辞め、独立の道を選んだ背景には、「顧客価値を最優先にしたサービスを、自分の信念でつくりたい」という思いがあった。 サラリーマン時代、事務職向けのプログラミング研修サービスを企画したが、松尾が理想とした顧客が自走できる設計は、長期課金を求める組織の方針と対立した。自分が育てたサービスを、自らの哲学に反する方向へ変えることはできなかったという。 独立後は、ウェブ制作、飲食、法人研修など複数の事業を立ち上げ、成功も失敗も経験した。そのなかで痛感したのは、ビジネスは利他だけでも利己だけでも継続しないということ。両者のバランスが取れて初めて長く続けられる。 ブラックバンクは、まさにその両軸が重なる事業だ。社会的意義が大きい一方で、ユーザーが増えればアップセルや周辺事業の展開も見込めるため、事業としてのスケールも描ける。松尾さん自身が「自分にしかできない」と感じる稀有な領域でもある。
中小企業と教育現場へ広げるために
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現在、ブラックバンクには約100社が登録している。ヒット率は約5%とされるが、同姓同名も含まれるため、実際の該当者はやや低いと見られている。 それでも、応募者の過去の横領が判明した事例や、取引先の経営者が重大な不祥事歴を持つことがわかり、契約を回避したケースなど、具体的な成果が出始めている。 特に普及を目指しているのが教育業界だ。子ども向けスクールや習い事教室、フランチャイズ本部など、子どもと接する大人の採用責任は重い。不祥事の有無だけでなく、清廉性を確かめる仕組みを持つことは、現場を守るために欠かせない。 現状では、重要ポジションの候補者のみをピンポイントで調べる企業が多い。将来的には、価格をさらに下げることで「全員チェック」を当たり前にしたいと考えている。 労働者側の権利が強まり、転職が容易になったいま、企業にとって採用リスクは複雑化している。だからこそ、採用段階で最低限の情報を把握する文化が必要だと松尾は語る。 最終的なビジョンは、ブラックバンクが不要となる社会。誰もが当然に不正をしない社会である。その未来に向けて、いまは地道に、しかし確かな手応えを持ちながら仕組みを積み上げている。