仕事として成立するデザイナーは、こうして育てる――デザジュク代表・近藤春樹の伴走型スクール論
クリエイティブの価値が、ちゃんと価値に変換される社会へ
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制作と育成、二つの事業に共通しているのが、近藤の一貫した問題意識だ。それは、「クリエイティビティの価値が、正しく扱われていない」という違和感である。 Webサイト、アプリのUI、商品パッケージ、街の看板、SNSのサムネイル。私たちの身の回りは、あらゆるデザインで満ちている。それにもかかわらず、デザインはしばしば「表層的な装飾」や「職人領域」として扱われ、事業の意思決定の中心に置かれることは少ない。 本来、デザインには売上を伸ばしたり、人の行動を変えたりする大きな力がある。しかし現実には、その力が十分に発揮されていない場面を、近藤は制作の現場で何度も目にしてきた。 多くの場合、問題はデザインそのものではない。発注者とデザイナーのあいだで、「何のために作るのか」「何を変えたいのか」という意図が共有されないまま制作が進み、結果としてクリエイティブが本来持つ価値を発揮できなくなってしまう。 さらにデザインは、専門的で分かりにくいものとして扱われがちだ。職人領域としてブラックボックス化され、事業者側が「どう改善すればいいのか分からない」状態に陥る。その結果、会社の中でデザインが重要な意思決定の要素として扱われず、表層的な装飾にとどまってしまうケースも少なくない。 だからこそ近藤は、作る側にとどまらず、「教える」という選択をした。デザインを作れる人を増やすのではなく、事業の中で価値として使える人を増やすこと。それが、クリエイティブの本来の力が正しく発揮される社会につながると考えたからだ。 デザジュクでは、ツール操作や制作技術だけを教えない。なぜこのデザインが必要なのか。誰に、何を、どう伝えるべきなのか。事業やコミュニケーションの文脈から逆算し、デザインを設計する思考そのものを育てている。
“当たり前”が揺らいだ、セブ島での4年間
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近藤の価値観の原点には、幼少期に過ごしたフィリピン・セブ島での4年間がある。停電や断水は日常茶飯事で、ろうそくを常備する生活。電気や水が使えることが、決して当たり前ではない環境だった。 「当たり前だと思っていたことが、簡単に崩れる場所だった」と、近藤は振り返る。環境が変われば、常識も、選択肢も変わる。この感覚は後に、中学生でデザインを始め、発信し、仕事として成立させていく行動力につながっていった。普通はこうするというレールの外に出ることへの抵抗が、ほとんどなかったのだ。 もう一つ大きな影響を与えたのが、母の存在である。留学エージェントとしてセブ島に渡り、現地就職を経て語学学校の責任者を務めた後、自ら学校を立ち上げた。「まず行ってみる」「現地で考える」。その姿勢を幼い頃から見てきたことが、近藤にとって挑戦を特別な行為にしなかった。
こだわりは捨てない。ただし、正しく翻訳する
デザインの道は、決して順風満帆ではなかった。中学生の頃から活動を続けていたものの、フリーランスとしての収益は長く伸び悩み、思うように成果が出ない時期が約3年続いた。 細部へのこだわりを手放せば、効率は上がる。だが一方で、「それで本当にクリエイターと言えるのか」という葛藤もあった。こだわりを貫くだけでは、価値は伝わらない。しかし、捨ててしまえば自分がやる意味がなくなる。その板挟みの中で、立ち止まりかけた時期でもあった。 転機は16歳の頃に訪れる。同世代の知人に誘われ、タワーマンションの最上階に集まる経営者たちのコミュニティに出入りするようになった。そこでは、デザインの細かな良し悪しよりも、「それが事業にとってどんな意味を持つのか」が語られていた。 会話の中から自然に仕事が生まれ、価値が循環していく。その光景は、近藤にとって大きな衝撃だった。人に会い、話を聞き、求められることに応えていく。 その積み重ねの中で、17歳のときに月商100万円規模に到達し、やがて組織化、会社設立へと進んでいった。この経験から、近藤は一つの結論にたどり着く。「神は細部に宿る」というこだわりは、守るだけでは意味がない。正しい場面で、相手に伝わる形へと翻訳してこそ、価値になる。
デザジュクが目指すもの|「学んだ」で終わらせない教育
現在、近藤が最も力を注いでいるのが、「デザジュク」というスクール事業である。スクール生は約600名に増え、目標はデザインスクールとして「日本一」になることだ。 近年デザインスクールは増えているものの、「綺麗なデザインをつくること」がゴールになってしまい、事業の中で本当に求められる役割まで担えるデザイナーは、依然として多くない。 そのためデザジュクでは、ただ、「綺麗なデザインを作るだけで終わる」のではなく「事業の成果に影響を与えるデザインを作れるようになる」ために、デザイン思考・設計の部分を教えることにも注力している。 またクライアントとのコミュニケーション、打ち合わせの進め方、コピーや伝え方。目的に対して、どう設計し、どう判断するかも教えている。 その結果、卒業生からは「仕事の進め方が明確になった」「クライアントワークが楽になった」といった声が多く寄せられている。
まずは日本一。そして、世界へ
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近藤の視線は、国内にとどまらない。尊敬する人物としてサム・アルトマンの名を挙げ、クリエイティブの文脈では村上隆の「世界への輸出」に強い影響を受けている。 「世界のデザジュクをつくりたい」。その言葉には、日本人ならではの感性やものづくりを、世界に通用する形へと翻訳したいという思いが込められている。 7年後には、事業全体で売上3000億円を目指す。春風のように、劇的ではないが、確実に世界の空気を変えていく存在へ。 デザインも教育も、気づかれにくいところから、人と事業の流れを変えていく力だ。近藤は、その力を信じ、デザジュクという場を通じて、次の世代の選択肢を広げ続けている。